司馬遼太郎・原作『坂の上の雲』関連する本、関連WEBサイト、2009年11月大河ドラマ『坂の上の雲』NHK放送開始

【 坂の上の雲 】

〜2009年11月スペシャル・ドラマ『坂の上の雲』NHK放送開始〜


  【 坂の上の雲 】 目 次           

 1.【 司馬遼太郎・原作 】                     
 2.【 坂の上の雲 】                
 3.【 NHKスペシャル・ドラマ 】               
 4.【 ドラマの概要 】         

 5.【 この小説以後の歴史 】           
 6.【 関連する本 】        
 7.【 関連WEBサイト 】          

 8.【 関連サイト 】          
 9.【 知って得する・お役立ちサイト 】          

10.【 当 社 直 営 シ ョ ッ プ 】          
                                       
    【建物管理タウンズQ】 2009年12月10日 作成
                   2011年12月10日 修正





【 『坂の上の雲』 】
”2009年11月スペシャル・ドラマ『坂の上の雲』NHK放送開始”
 

【 関連本の紹介 】
■ 『坂の上の雲』 @ 
■ 『坂の上の雲』 A
■ 『坂の上の雲』 B
■ 『坂の上の雲』 C
■ 『坂の上の雲』 D
■ 『坂の上の雲』 E

【 関連本の紹介 】
■ 関連の歴史本 @ 
■ 関連の歴史本 A
■ 関連の歴史本 B
■ 関連の歴史本 C
■ 関連の歴史本 D
■ 関連の歴史本 E


ドラマ『坂の上の雲』

坂の上の雲』(さかのうえのくも)は、司馬遼太郎による長篇歴史小説。司馬の代表的作品の一つとされる。1968年昭和43年)から1972年(昭和47年)にかけて『産経新聞』に連載された。単行本全6巻(文藝春秋、1969~1972年初版)、文庫本全8巻(文春文庫、1978年初版、解説は島田謹二)。

目次

[編集] 内容

作者司馬遼太郎は、自身の戦争体験から日本の成り立ちについて、深い感慨を持つに至った。 しかし、第二次大戦後新聞社勤務を経て作家となるのだが、題材として振り返るには、時間を要したようである。 本書は、作者23番目の作品である。 近代日本の定義を明治維新以後に置くとするならば、本書は正に作者にとって初の近代物となる。 作者が常々に問う日本特有の精神と文化が、19世紀末の西洋文化に対しどのような『化学反応』を示したかを知るのに最適の作品である。

作者は、「坂の上の雲」を書くにあたり、「フィクションを禁じて書くことにした」といっている(朝日文庫「司馬遼太郎全講演5」)。フィクションを禁じたので、描いたことはすべて事実であり、それが事実であると確認できないことは描かなかったと作者は主張している。[1]

当初は秋山好古秋山真之の兄弟と、正岡子規の3人を主人公に、松山出身の彼らが明治という近代日本の勃興期をいかに生きたかを描く青春群像小説を意図したようである。 前半は、秋山好古が師範学校を経て陸軍士官学校に学びフランス留学を経て日本騎兵を一からつくりあげてゆくようすを基点にしている。 秋山真之は、松山中学から実兄の好古を頼り上京。 帝国大学進学を目指し、共立学校を経て大学予備門(のちの一高)に在籍する。 真之に遅れ上京した正岡子規との交友関係は、読者には楽しく、また、明治初期の青年の志について理解を深める材料ともなるであろう。夏目漱石が彼達の友人に属し、子規との交友関係を綴る話は、明治の濃密的な時代を語る。 子規は、帝国大学文学部へ進学。真之は、海軍兵学校へと異なった道へ進む。 この時点での重要なモチーフの一つは、羸弱(るいじゃく)な基盤しか持たない近代国家としての日本を支えるために、青年たちが自己と国家を同一視し、自ら国家の一分野を担う気概を持って各々の学問や専門的事象に取り組む明治期特有の人間像である。 好古における騎兵、真之における海軍戦術の研究、子規における短詩型文学と近代日本語による散文の改革運動等が、其々が近代日本の勃興期の状況下で、代表的な事例として丁寧に描かれている。

後半、特に子規の没後は、秋山兄弟が深く関わった日露戦争の描写が中心となる。 本書は、あたかも“小説日露戦争”であるかのような雰囲気になる。 作者が日露戦争そのものを巨視的且つ全体的に捉えることを意図し、後半部分では本来の主人公である秋山兄弟の他に児玉源太郎東郷平八郎乃木希典などの将官や各戦闘で中心的な役割を果たした師団と日本海海戦についての記述に紙幅が割かれている。 軍事的な記述も時系列的に述べられているので、読者は理解がしやすいであろう。

『坂の上の雲』とは、封建の世から目覚めたばかりの日本が、そこを登り詰めてさえ行けば、やがては手が届くと思い焦がれた欧米的近代『国家』というものを「坂の上にたなびく一筋の雲」に例えた切なさと憧憬をこめた題名である。 また、1979年から翌年にかけて連載された小説『ひとびとの跫音』(中公文庫)は子規没後の正岡家が描かれており、後日談的位置づけもされている。エッセイ『ロシアについて』(文春文庫)にはロシア建国と日露交渉の歴史などが書かれ、「『坂の上の雲』の余談のつもりで書いている」としている。

後にNHK特集『明治という国家』で作者は、この時代について総括的な感慨を述べている。

[編集] 評価

本作品は司馬の著作の中でも特に議論を呼んだことで有名で、明治という時代そのものに対する高評価、日露戦争を一種の自衛戦争であると捉えた司馬の史観旅順攻撃を担当した乃木希典およびその配下の参謀たちが能力的に劣っていたために多大な犠牲を強いることになったとする筆者の見解については、未だに賛否両論がある。また藤岡信勝はこの作品をきっかけとして自由主義史観を標榜するようになった[2]。かつては歴史書・伝記の「読書アンケート」で常にトップだった。

[編集] 書誌情報

[編集] 単行本

  • 文藝春秋新装版
  1. 2004年4月10日刊行 ISBN 4-16-322810-1
  2. 2004年4月10日刊行 ISBN 4-16-322820-9
  3. 2004年5月15日刊行 ISBN 4-16-322900-0
  4. 2004年5月15日刊行 ISBN 4-16-322910-8
  5. 2004年6月15日刊行 ISBN 4-16-323010-6
  6. 2004年6月15日刊行 ISBN 4-16-323020-3

[編集] 文庫本

  • 文春文庫新装版
  1. 1999年1月10日刊行 ISBN 4-16-710576-4
  2. 1999年1月10日刊行 ISBN 4-16-710577-2
  3. 1999年1月10日刊行 ISBN 4-16-710578-0
  4. 1999年1月10日刊行 ISBN 4-16-710579-9
  5. 1999年2月10日刊行 ISBN 4-16-710580-2
  6. 1999年2月10日刊行 ISBN 4-16-710581-0
  7. 1999年2月10日刊行 ISBN 4-16-710582-9
  8. 1999年2月10日刊行 ISBN 4-16-710583-7

[編集] 映像化

坂の上の雲 (テレビドラマ)」を参照

[編集] 主な参考文献

※近年刊行のみ掲げる。
  • 法政大学イノベーション・マネジメント研究センター・洞口治夫 編『大学教育のイノベーター 法政大学創立者薩?正邦と明治日本の産業社会』(書籍工房早山、2008年) ISBN 978-4-88611-510-2
  • 関川夏央『「坂の上の雲」と日本人』(文藝春秋 2006年)
  • 青山淳平『「坂の上の雲」と潮風の系譜』(光人社 2005年)
  • 福井雄三『「坂の上の雲」に隠された歴史の真実 明治と昭和の虚像と実像』(文庫・主婦の友社、2007年)
  • 菊田慎典『坂の上の雲の真実』 光人社 2004年
  • 別宮暖朗・兵頭二十八対談『「坂の上の雲」では分からない旅順攻防戦』 並木書房 2004年
  • 池田清 『「坂の上の雲」の秋山好古・真之とその時代』 ごま書房新社 新版2008年
  • 木村勲『日本海海戦とメディア 秋山真之神話批判』 講談社選書メチエ 2006年 

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 実際には多くの研究者作家によって作中の誤りや創作部分が指摘されている。一例として28サンチ榴弾砲を旅順に移送する件について、史実では第三軍司令部の大本営あて返電には「…ソノ到着ヲ待チ能ワザルモ、今後ノタメニ送ラレタシ…」とあるにも関わらず、作中では「送るに及ばず」と拒否したことになっている。
  2. ^ 「『近現代史』の授業をどう改造するか」7(『社会科教育』1994.10)、『汚辱の近現代史』(徳間書店、1996年) ISBN 4-19-860588-2
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2009年10月、引用して、加筆

【   『 坂 の 上 の 雲 』 関 連 サ イ ト   】


【   『 坂 の 上 の 雲 』 関 連 サ イ ト 2   】

ドラマ『坂の上の雲』
ドラマ『坂の上の雲』
”2009年11月大河ドラマ『坂の上の雲』NHK放送開始”
ドラマ『坂の上の雲』


小説『坂の上の雲』を読んで

 この小説を、20年以上前、初めて読んだ時の驚き、衝撃、そして感動を、いまでも、ハツキリと覚えている。
 あのころの時代の雰囲気として、明治維新、日本の近代化、日本の侵略戦争・・・と日本の国の歴史が醜いもののように、語られていた。
 学校の歴史の授業でも、明治維新以後の日本の戦争は侵略戦争であつたと教えられていた。
 まして、自衛隊、安全保証、軍人などといった軍事的なことを話すのは、はばかられる気ような雰囲気であった。
 あの雰囲気に逆らって、小さな抵抗だが、われながら、よくこの小説を、読んだものだと感心している。
 もちろん、それ以上に、そんな時代に司馬遼太郎氏がこのようなテーマの小説を書いていたことに深く感動し、以後、敬意の念をもつてこの著者の他の小説も読むようになった。

 まず、あのころの時代の雰囲気について、自分の感じていたことを、少し述べたい。
 昭和50年代、渡部昇一氏の『知的生活の方法』を読んで、自分もこのような生き方ができたらいいなと憧れていたのに、この著者に『ドイツ参謀本部』という著書があるのを知り、裏切られたように、がっかりしたのをいまでも覚えている。
 今では、余り、気にならないが、この感覚は、当時でなければわからないような気がする。
 しかし、その後、渡部昇一氏の本は『ばんけん虚に吠える』『腐敗の時代』『正義の時代』など感銘を受けたのもが多い。

 また、下村寅太郎氏が『東郷平八郎』という本を書いているのを知った時は、さらに深く失望した。
 下村寅太郎氏の『無限論の形成と構造』は、(現在からみれば、誤りがあったとしても)集合論の全体の見透しが鮮やかに示されていて、私は何度も読み返し知的な興奮を覚えていた。
 その下村寅太郎氏が、戦時に『東郷平八郎』を書いていたのである。
 どんなにりつぱな哲学者でも、戦時には、時代に迎合するような著書を書いていたのか、残念でならなかつた。 (後に、この本を読んで、それまでの自分の認識不足を思い知らされた。やっぱりこの著者の見方は平凡ではない、自分の間違いに気ずいて、なにか、さわやか気分になった。)

 私の、この認識が、完全にまちがつていたことを教えてくれたのは、小説『坂の上の雲』を読んでからである。
 
 その後も、日本の近代化、明治維新、日本の侵略戦争・・・と、日本という国の歴史が醜いもののように、語られていた。
(まだ、書き出したまま、途中です)      






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